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著者 岩崎 正(筆名)
2000年3月15日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載
深夜発の卒業証書
私の勤めたある小学校では、「卒業証書の児童氏名は担任が書く」ということになっていた。校長先生のお考えだった。
「卒業証書に、教え子の名前を心を込めて書くところがいいんだ」
達筆な教師が係として卒業証書の氏名を書く場合が多い中で、あえて担任が書くというのは稀であろう。時期的に六年生の学級担任は多忙を極めるころでもある。
■力不足を認めて■
卒業式は六年生のために総力を注ぐ大きな学校行事である。正式には『卒業証書授与式』という呼び方をするくらいだから、卒業証書の取り扱いには、とても気を遣う。汚れやしわ、誤記等に細心の注意を払わなければならない。
一学級三十一名である。厳粛な儀式行事に見合うだけの名前書きを人数分行う自信は、到底なかった。
しかし、書家でもある校長の「俺が教えてやる」という言葉に、チャレンジ心がくすぐられた。
一月の下旬、校長から声がかかった。「そろそろ、練習して持ってこい」
学校からアパートに帰宅しての練習開始である。
自分で作った練習用紙に、全員の名前を書いたものを校長に見せた。
用紙の一枚目を見渡すと「まあ、だいたいいいじゃないか」と言ってくれた。自分でも「出来映えはそんなに悪くないかな」と思っていただけに安心しかけた。
しかし、校長の目は「よし」とは言っていなかったのである。
筆を取り出すと
「ここはな、こう書くんだ」と見本を書き始めた。
「全体にな、始筆は、こう筆を入れるんだ」始筆から終筆、字のバランスまで、助言は細部に及んだ。納得のいく内容だった。
「まあ、また今度、書いて 持ってこい」“師匠”の言葉に自分の力不足を認めたが、落胆はなかった。
■顔を思い浮かべて■
帰宅後の練習が続く。 狭いアパートである。食事をとり、我が子を風呂に入れて寝静まった後、翌日の授業の準備、テストの丸つけ等、持ち帰った他の仕事を済ませてからの特訓となった。
晩酌は断った。睡眠時間も削った。
不思議と練習が苦にならなかった。自分なりに上達を感じたからだった。
しばらくして再び校長に見てもらった。前回とは別の字について筆が入った。「まあ、また今度、書いて持ってこい」終わりの言葉は同じだった。
三回目の助言を仰いだ後
「まあ、これで清書やって みろ」の言葉が出た。ついに合格?いや、今思えば「時間切れ」であったかもしれない。
清書も自宅でだった。
卒業証書の予備はほとんどない。失敗、汚れなどは許されない。練習と違って筆を持つ手が本当に震えるようだった。
書き進めるうちに、緊張が和らいでくる自分に気がついた。練習の時と同じように、名前を書きながらおのずと一人一人の顔が思い浮かんでくる。
「授業中の発表に燃えていたA君、その調子で授業を盛り上げていけよ」
「日記に悩み事をよく書いてきたなあB子は…返事も苦労したよ」
「C君には行儀の悪さをよく注意したけれど、いつもみんなを笑わせていた。 中学校でも頑張れよ」
繰り返し特訓した姓と名である。自分としては、予想以上の出来であった。
夜遅く作業は終了した。
数日後、六年生担任が集まり、卒業証書のチェックを行った。「うまく書けなくて…」と互いに言いつつも爽快感が漂う。そんな場に立ち会った四年生のK先生は、
「書いてみたかったなあ」とポツリ。
校長が異動した二年後、私は今度は三十九人分の“深夜発の卒業証書”にチャレンジした